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史上最大のワクチン事業 ~その挫折と教訓~

1976年、米で新型インフル流行の恐怖

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1976年、米国で新型インフルエンザ流行に備え、全国民2億人以上の予防接種をめざす史上最大のワクチン事業が実施された。しかし、副作用事例の頻発などで事業は中止され、結局流行も起きなかった。公衆衛生の歴史に大きな教訓を残したこの出来事は、専門家の意見と政策決断のあり方などで重い課題を突きつけており、現在の新型コロナウイルス政策に通じるものがある。

◇  ◇

76年1月、ニュージャージー州の陸軍訓練施設で多くの兵士が呼吸器系の疾患を訴えていた。そして2月、18歳の新兵が死亡した。米疾病対策センター(CDC)が調査したところ、兵士から新型の豚インフルエンザウイルスが検出された。

このウイルスは1918年に全世界で未曽有の被害を出した"スペイン・インフルエンザ"と抗原性が類似していた。当時の人々は親世代の話から約60年前の悪夢が潜在意識にあり、CDC当局者は慄然とした。ウイルスの変異により、一定周期でパンデミックが発生するとされる「抗原循環説」では、数年以内にそれが起きると警告されていた時期でもあった。

歴史を参照すれば、秋から冬にかけて破滅的な第2波が襲来するかもしれない。それまでに全国民にワクチンを接種して惨事を防がねばならない。3月22日、公衆衛生当局はフォード大統領に空前の大規模ワクチン事業を進言。大統領は24日に全国民2億人以上を対象にしたワクチン接種を実施すると発表した。

接種事業は10月1日から始まるが、多くの問題を抱えた見切り発車だった。まず、流行の確率がはっきり示されていなかった。接種の是非を検討する諮問委員会の各メンバーは内心では確率は2~20%と見ていて、1918年のような大災害を予測していた人間は一人もいなかったことがのちの調査で判明している。

しかし、公衆衛生当局では「100万人が死亡する可能性がある」「流行はジェット機並みにやってくる」「3カ月以内に国民全員にワクチン接種をしなければならない」といった前のめりの意見が主流になっていく。

「確率はゼロではない」が「あり得る」「あるだろう」と伝言ゲームのように変化し、否定的意見はほとんど検討されずに大統領に報告された。それもワクチン製造に要する時間を考慮すると、「決断は1週間以内に」という状況だった。

大統領の側近は専門家の進言を「頭に突きつけられた銃」と述懐している。「大惨事が予想されたのに何もしなかった」との批判を考えると、政治的には選択肢がないに等しかった。

もう一つの問題は、ワクチンはすべての人に有効ではないということだった。臨床試験で18歳以下の若年層は1回の接種で十分な抗体が作れず、2回の接種が必要なことが判明した。事業の大きさを考えると2回実施は現実的ではなく、接種は3~18歳を除外してスタートした。「国民皆接種」構想は最初からつまずいていた。

最大の問題はワクチンの副作用だった。10万人に1人の確率でも、2億人に接種すれば2000人が副作用による疾患を発症する。訴訟を恐れたワクチン製造会社、保険会社の圧力により、8月に賠償責任は政府が負う法案が急ぎ成立した。

◇  ◇

新型インフルエンザワクチン接種事業は1976年10月1日から始まったが、同月11日に最初の事件が起きる。ペンシルベニア州ピッツバーグで高齢者3人が接種後まもなく死亡した。

ただ、想定はされていたことだった。ワクチン接種期間に起きた発症、死亡事案は、医学的に因果関係がなくても関連があるように受け取られる。接種数が大規模になるほど、そのような「紛れ込み事案」は増える。CDC内では「偶然同時発生説」が主張され、副作用ではないとされた。

国民の不安を払拭するため、フォード大統領は同月14日に家族とともに接種を受け、その姿がテレビで放映された。だが、ワクチン事業に決定的な逆風が11月12日に発生する。ミネソタ州で接種した人のなかでギラン・バレー症候群の発症者が出たのだ。他の州でも報告が相次ぎ、12月中旬までに50例以上となった。

同症候群は末梢(まっしょう)神経の障害により四肢や顔、呼吸器官にまひなどが起こる。10万人に1~2人が発症する非常にまれな疾患だ。ワクチンとの因果関係については議論があったが、公衆衛生当局は12月16日に接種事業の一時中断を勧告。大統領が了承した。それでも2カ月半で史上最多の4000万人以上が接種を受けていた。

その後も接種事業は再開されず、翌77年3月に正式に中止された。調査では接種者の同症候群発症率は非接種者の11倍であり、因果関係はあるとみなされる。最終的には約530人の同症候群発症が報告された。

一方、警告されていた新型インフルエンザの流行は起きなかった。ニューヨーク・タイムズが「豚インフルエンザの不面目な大失敗」と論じるなど、政府に厳しい批判が向けられた。残されたのは使われなくなった大量のワクチンと「副作用」に対する約4000件の損害賠償訴訟だった。

「最悪に備えればそれ以下にも対処できる」とは限らなかった。その後、保健教育福祉省の依頼で2人の学者がこの出来事を検証した報告書が作成された(邦題「豚インフルエンザ事件と政策決断」)。この報告書が問いかけているのは、不確実な事柄について意思決定する難しさ。そして、専門家と素人である意思決定者(政治家・官僚)の関係の危うさだった。

問題の一つは、専門家の意見は主観的かつ不確実性を伴うもので、客観的な数字が明示されなかったことだった。このため事業を決断する側は「勝てる確率も知らずに賭けに加わるに等しいものだった」としている。流行が起きないという想定がなされず、最悪の事態が強調されたことで「『起こりやすさ』にもさまざまな考え方があることを覆い隠してしまった」とも指摘する。

ワクチン事業を実施した場合と不実施のどちらが国民の健康被害が大きいか。その得失評価のほか、経済的コストなど政策の意思決定には公衆衛生以外の価値観も反映されるべきだという。

今後、新型コロナウイルスの再襲来に備え、治療薬、ワクチンの開発が急がれるが、副作用や接種の優先順位などの問題は避けて通れない。その決断は科学だけではなく、様々な価値観に基づくべきであることを、76年のワクチン事業は教えているのではないだろうか。

(編集委員 井上亮)

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